VIETNAM DAY 3 DINNER WITH MICHAEL


VIETNAM DAY 3  DINNER WITH  MICHAEL


12月7日(土)

ハノイ3日目の朝のお散歩はオールドクオーターの近くにある湖の周りに。

常夏のベトナムではなく、12月のハノイは北の方にあるためロスと同じぐらいの気温で上着を着ないと寒いのです。

湖の周りにはタイチやら、体操をしている人が大勢、真っ赤な橋のたもとにはカラフルなお寺が、レストランなども並んでゴタゴタのハノイ中心部の騒音も交通もありません。

最も土日はこのあたりを歩行者天国にして、恐怖のスクーターや車が走ってないために静かで平和な空間が保たれてます。

娘は付近のコンビニストアをチェック、後でお酒だのスナックを買うのでしょう。

朝食はいつものようにアジアと西洋をミックスして最後には甘いパン菓子とカプチーノを頂いて占めるのが習慣になってしまいました。

午後はハンスを散歩に連れ出しブックストリートやら付近の大使館や、官庁の建物を見て回ります。

午後3時。ハンスの従兄のポール(豪州で昨年亡くなりました)の末っ子、マイケル MICHAEL BROSOWSKI と再会。ハンスが最後にシドニー近くでマイケルに会ったのは33年ぐらい前でまだ、マイケルは10代の少年でした。マイケルは既にホテルのバーの奥のコーナーでニコニコと待っていて、チャーミングで優しい人柄がすぐに感じられます。

マイケル はベトナムの福祉団体「ブルー ドラゴン」BLUE DRAGON と言う少年たちの人身売買などの犯罪の対策、売られてきた少年たちの救助をする組織の会長をしているため、ものすごく忙しくアジアを飛び回っている上に、昨日病気が見つかり、手術が必要だそうで、その心配もあって、この日に会えるかどうかが今朝の朝まで分かりませんでした。

何度も会った父親のポール PAUL によく似ていますが、ずっとハンサムでどことなくハンスにも似ています。遥かに若く見えますがもう50歳になったと言ってました。

しばらく近況を話し合ったり、父親のポールの思い出を交換してから、最初はドリンクだけで失礼すると言っていたマイケルは夕食にも参加できると言い出して、ハノイのウバーのような車を呼んでミシェラン ガイドにも載っている「ハイウェイ4」HIGHWAY 4 というレストランに連れてってくれました。

おなじみのお店でウェイターが飛んで来て、嬉しそうにマイケルの注文を聞いてます。

マイケルが大好きな「ポメロ サラダ」POMELO SALAD に「モーニング グローリー」MORNING GLORY という青い野菜の炒め物、薄い皮に包まれたオリジナルの春巻き、ワタクシは「蒸しハマグリ」、ハンスはダックを選んで白ワインのボトルを3人で分け合って、美味しく頂きました。

ポメロは最も大きいみかんの仲間で、グレープフルーツのような果実で、これがサラダの材料になっていてちょっと酸味があって さっぱりとしたお味。

ハマグリはとても小さかったのですが、しっかりと味付けされて美味しく頂きました。

ハンスはもっぱら大好きなダックを夢中でむしゃむしゃと食べています。

食事中にもマイケルの自分より先に人々を助ける精神が覗けてやっぱりチャリテイーの先頭に立つ人なのだなーと感心しました。

気の利くマイケルがすぐに例のウバーのような車を呼んでくれて、私達は大満足でホテルに戻ったのです。
3人共がマイケルの魅力にどっぷり浸かった夜でした。



チャーミングなマイケルと。




朝のお散歩。湖の畔。湖の真ん中に朽ちた塔が立っています。

湖の周りの洒落たレストラン。

 さ 
洒落たレストランの前で。

橋からお寺に。

日本にもありそうな赤い橋。



ブックストリートのサインの前で。


裁判所の前で。手がイマイチへばっています。

スクーターのメッカです。

マイケルと娘。

ホテルのバーにて。

おじさんと甥っ子。





ワタクシたちのテーブル。左上がモーニング グローリー、真ん中がポメロ
サラダ。
マイケルのために嬉しそうに走り回っているウェイターが撮ってくれました。









「ハイウェイ4」のメニューの1部 (ネットから)

「ハイウェイ4」窓際。(ネットから)

レストランの入口 (ネットから)

ミシェラン ガイドに載っているお店です。(ネットから)



お店の1階の全景。左上のテーブルに座りました。(ネットから)

階段の上のフロアは床に座る形式です。(ネットから)

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