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SEAN CONNERY HAPPY 84TH BIRTHDAY

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SEAN  CONNERY  HAPPY 84TH BIRTHDAY 8月25日にショーン コネリーは84歳になりました。引退してから,アルツハイマー症になったなどと言う噂がありましたが,数日前の新聞に奥方と楽しそうに散歩をしたり,ランチを食べたりしている写真が載って,ひと安心。 わたくしが恋い焦がれた最初のスターなのですから。肉体派の男優のセックスアピールに始めて触れたと言いましょうか。乙女時代に自分の部屋の壁に彼のポスターをベタベタ張って家族の顰蹙を買ったりもしました。 1930年8月25日スコットランドのエジンバラに生まれ、トラック運転手や沖仲仕などの労働をしてから舞台に。映画初登場は1956年,当時の写真を見るとかなり野蛮で、野性的と言うのでしょうか,ジェイムス ボンドの生みの親,イアン フレミングが嫌悪したのもよく分かります。とてもオックスブリッジなどのエリート大学を出た国際スパイには見えませんでしたから。 「007は殺しの番号」(62)でボンド役デビュー。何ともキャッチーな題名でした。以後10年間にボンド役を6本手がけます。ボンドも大好きですが「マーニー」(64)のテイッピ ヘドレンを助ける裕福な男の役が最高です。 「アンタッチャブル」(87)でアカデミー賞受賞,2000年には、スコットランド独立運動(つまり反英)に励んで来たにも拘らず騎士の称号をエリザベス女王から授かりました。2008年には自伝を出版していますが,実はまだ読んでません。ロバート ミッチャム,ヘンリー フォンダ,バート ランカスターなどの俳優の伝記はしっかり買って読んだと言うのに。 奥方は画家でミシェル ロケルーンと言いショーンより2歳年上の86歳。非常に気が強く,ショーンの共演の女優に必ず警告するのだそう。スコットランド訛りでどんな役でもしてしまうような頑固なショーンも奥方に頭が上がらないようで、夫婦って不思議なケミストリーがあるのですね。そう言う奥方がいるからこそ,天下のアクシヨン ヒーローを続けられたのかも。 1996「ザ ロック」ニコラス ケイジと。

RICHARD ATTENBOROUGH

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RICHARD  ATTENBOROUGH 89歳で亡くなったローレン バコールについで,90歳のリチャード アッテンボローが8月24日に亡くなってしまいました。何と言っても「ガンジー」(82)の監督として有名ですが監督した映画は13本と少ないのです。映画俳優として多くの映画に出ていました。 1923年8月29日(あと5日で91歳でした)に英国のケンブリッジで大学教授の学者の父親と結婚カウンセラーの草分けの母親と言うインテリの家庭に生まれましたが、リチャードは演劇一筋で王室演劇学校に入って,直ぐに映画に出始めます。 「チャーリー」(92)と言うチャーリー チャップリンの生涯を描いた映画で彼に会いました。ロバート ダウニー ジュニアがチャップリンを演じて,とことん役にのめり込んだことで注目され,チャップリンの娘のジェラルデイン チャップリンも出演。会見は昼食のあとでしたのでイタリアンの匂いを体中から発散してたのが最も強烈な記憶です。よく食べ,よくしゃべり、大いに楽しむと言う生き方が伝わって来ました。 俳優としては「大脱走」(63)での冷静沈着なリーダー役,「バタシの鬼軍曹」(GUNS OF BATASI)(64)などが小気味の良い役でした。最近では「ジュラシック パーク」(93)とその続編,「ロスト ワールド/ジュラシック パーク」(97)に恐竜王国のオーナー、富豪ハモンド役で顔を出しています。監督としてはオスカー8部門受賞の「ガンジー」の他に,「遠い夜明け」(87)「永遠の愛に生きて」(94)(アンソニー ホプキンズとデブラ ウインガー)、「IN  LOVE AND WAR」(96)(ヘミングウェイの若い頃を描いたものでサンドラ ブロックが彼と恋に落ちる看護婦,ヘミングウェイはクリス オドネル)などがあります。 76年に騎士の称号,93年には男爵を授かり,世界中の勲章や平和賞などを受賞、と栄誉にも恵まれての人生でした。 合掌。 1992「チャーリー」

ASHLEY JUDD

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ASHLEY  JUDD アシュレー ジャッドはハリウッドの女優の中ではひときわ異なったスタンスを取っています。芸能一家に育ち、美と知性を備えて女優として一応成功し,2013年2月に政治家になるとアナウンスして,人々を驚かせたのでした。もともと政治意識の強い女優として,大統領や州議員選挙の前後には精力的に活動していたのですが,この時はケンタッキー州の現職上院議員に挑戦すると宣言,しかし3月の末には立候補を断念すると発表して、周囲はまたまたびっくり。 正確なことは分かりませんが現職の議員がアシュレーをこてんこてんに批判した文書が出回り,この為にひどい精神不安定になって毎日のように泣き叫び,旅行の時には精神科医を同伴したそうです。2011年に「オール ザット イズ ビター アンド スウィート」と言う回顧録(メモワールと言った方が的確でしょうか)を出版。有名カントリー歌手の母親のナオミが,後にやはりカントリー歌手になる姉のウイノナにばかりかまけて,妹のアシュレーはいつもひとりぼっち,転校ばかりして全く安定した家庭生活を送れず,それどころか親戚の男性に性的いたずらまでされたと言う告白手記です。極端に破壊された家庭に育った為にアシュレー自身の精神も不安定になり,長いことセラピーにかかっていたことも表して、同様の環境にいる人は早めに専門家に相談してほうが良いと勧告も加えています。華やかな生活は得てして,ホラー映画のような暗い面があるのですね。 1968年4月19日ロスアンジェルス生まれですから今年46歳,ケンタッキー大学卒業後,「歌唱力の遺伝はゼロ。全然歌えないので」演技の道に。91年テレビに出演してから、映画の仕事も続々と入るようになり「ヒート」(95)、「ノーマ ジーンとマリリン」(96)ではミラ ソルヴィーノがブロンドの大スター時代を演じ,アシュレーが無名時代のモンローを演じ,「5線譜のラヴレター」(04)ではゲイのコール ポーター(いつもシアトリカルで大げさなケヴィン クライン)の妻の役,などなど主役よりも伏し線を持つ女性の役を上手に演じて来ました。 男性関係はとびきり変化に富んでいて,カントリー歌手のライル ロヴェット(90年代)、マシュウ マコナヘイ(96年に「評決のとき」で共演して)、ボルテイモア オリオールズの内野手,ブレイデイー アンダ...

ETHAN HAWKE #2

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EATHAN   HAWKE   #2 ほとんどの映画評論家が絶賛している「ボーイフッド」 (14)ですが、大手新聞,それもハリウッドの地元のロスアンジェルス タイムスの辛口のライターが12年かけての巨大な努力は認めるものの,それほど良い作品では無いと書いて轟々と問題意識を盛り上げていますが,イーサン ホークの父親役だけは実に巧く,演技派としての重量感が出て来た、と褒めちぎっています。 会見に現れたイーサンはグレイの濃淡をスマートに決めたシャツ、スーツとタイのスタイルで,体は変わらずに締ってしなやか,まもなく44歳になると言うのに,ボーイッシュな魅力はそのまま。しかし表情に人生のアップダウンを経て来たプロの翳りと言うのか,疲労も伺えて,そこらのアイドルとはずっと違う脅しの効いたルックスになって来ました。 「もう30年も映画に出ていてると言うのに,いつまでたってもベテランの境地になど達さないね。もちろん達したくはないけれど,昔のスターを見ると30歳でもう凄い貫禄で、今の50歳ぐらいの存在感がある。クラーク ゲーブルとかバート ランカスターとかね。ハリウッドの少年化なのかなー。この「ボーイフッド」の最も苦労した点はパトリシア(アーケット)がもの凄く忙しくて,全員が集まる日にちを決めてくれた組織だろうね。しかしリック(リンクレイター監督)の現場はおっとりとして,まるで自分の家に帰ったみたいで,それが救いだった。マジックのような効果があったと思う。ギャラなど無いに等しいがこれが最高の謝礼だったね。これでリックとは8作目だが、何度でも一緒に映画をやっていきたい」 と話してました。時おり眉根に皺を寄せて,難しい顔をするのが又,何とも魅力的なのです。 先日ロビン ウイリアムズが亡くなりましたが,彼が国語の教師,イーサンが生徒になっての「いまを生きる」(89)が愛おしく思い出されます。当時のイーサンは18歳。顔がぽちゃぽちゃとして,それはそれはキュートでした。 そのソフトで繊細な顔がある意味では災いして,タフな主役の補佐役が多く,例えば「トレーニング デイ」(01)ではデカの兄貴分を演じたデンゼル ワシントンがオスカー賞を獲りましたし、フランス女優のジュデイー デルピーと共演の「ビフォア サンセット」(04)などでも、すっかり女性/女優にリー...

DOLPHIN TALE 2 & CLEARWATER FLORIA

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DOLPHIN  TALE  2  & CLEARWATER FLORIDA 3年前の2011年に「ドルフィン テイル」と言う尻尾がちょん切れたイルカが,フロリダ州のクリアーウオーターにある魚のクリニックでプラステイック製の義足ならぬ義尻尾を付けてもらって,すいすいと泳ぎ,勇ましいジャンプも出来るようになった実話の映画化は,心暖まる動物と人間の家族映画として注目されました。テイルはTALEですが、もちろん尻尾のTAIL とかけてます。 このクリニック(正式にはクリアーウオーター マリーン アクアリアム )に今度は瀕死の赤ちゃんのイルカが参加し,この話をもとに続編が作られ,8月17日から19日まで,この映画のイベントに行って来ました。 タンパから車でずんずん40分。フロリダ独特のキーと呼ばれる両側が海の細い街道を行く途中の紺碧の海と熱帯の濃い緑の木々のコントラストの風景は最高です。 3年前よりずっと映画の効果で人気が出て綺麗になったクリアーウーターの街は市長主催の歓迎パーテイー(遅い到着で行かれませんでしたが)で「ドルフィン テイル2」の参加者を迎えたのです。 今度のホテルは,真っ白な砂浜から約7分歩かないと海に到着しないのですが,その白い広がりの目の覚めるような美しさが格別。裸足で出ると熱砂があっちっちですが。ホテルの人は20年前に建てたときはホテルのすぐ側に海があったと言ってました。海水がぐんぐん引いているのです。色々な自然現象があって,良いことか悪いことか分かりませんが,自然を破壊してリゾートを造るバチのように思えました。 海洋生物学者にハリー コニック ジュニア(ピアノや歌はともかく,演技はオーバーで,固くて,見ているのがちと恥ずかしいですが、それもご愛嬌のうち)、その娘がイルカが大好きで,明るくて,おませなコジー ズールドーフ(ドイツ名でコジーはコゼット。将来が期待されるまん丸な顔に丸い体が愛らしい少女です)、「海の男!」の祖父がクリス クリストファーソン,しわしわで、目がさらに落ち凹んで,大したセリフも無く,プロのミュージシャン同士が父子を演じるという組み合わせの妙を狙っただけのようです。 イルカの世話を最も熱心にする少年がネイサン ギャンブル,そのシングル マザーがアシュレー ジャッド(...

JUSTIN THEROUX

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JUSTIN  THEROUX ジャステイン セロウ と余り聞いたことの無い名前でしょうが,今をときめくジェニファー アニストンの婚約者としてミーハー族にも知られるようになりました。日本では余り人気がないもののジェンと呼ばれるアニストンは隣のお姉さん的な親しみやすさと美人ではないのに,それを努力して綺麗に見せるあたり、何よりも夫のブラッド ピットを魔性のスター,アンジェリーナ ジョリーに盗られてしまったことからの同情票もかなりあるのではないでしょうか。 ともかくジャステインは1971年8月10日に首都ワシントンに企業弁護士の父親と作家にしてジャーナリストの母親,伯父のポール セロウは「モスキトー コースト」などの作家、従兄のマーセルとルイスは共にジャーナリストとインテリの家系に生まれ,彼も同じような道を進む筈が余り学業に真剣にならず,劇団に入団。次はニユーヨークにやって来て絵描きをしながら劇場グループで舞台に出るようになり、映画初出演は「アイ ショット アンデイー ワホール」(96)と言う独立系の作品でした。 デイヴィッド リンチ監督の風変わりな映画「マルホーランド ドライヴ」(99)では意地の悪い,横柄な映画監督の役を好演。ベン ステイラーと親しくなり「ズーランダー」(01)で共演,「トロピカル サンダー」はステイラーの監督主演作で,ジャステインは脚本を担当。 と俳優と脚本を兼ねてのマルテイ タレントなのですが,出演映画を言われてもどこに出いたっけ?という、余り印象に残らないタイプ,だからこそ監督はこう言う手合いの俳優を気楽に配役します。「トロピカル サンダー」で黒人役を熱演したロバート ダウニー ジュニアとも親しくなって「アイアンマン 2」の脚本も手がけました。 「ワンダーラスト」(12)と言う,ジェニファー アニストンのオハコのロマコメに出演して(ジェンの相手役はポール ラッドでしたが)ここでふたりのロマンスが花開いたそう。 「覚悟はしていたがジェンとの交際はパパラッチにつきまとわれっぱなしで,あらためて人気者の生活の苦労ともろもろの制限を目の当たりにした。僕は彼女の支えとなり,目的に向かって一緒に歩むパートナーであることに意義と幸せを感じている」 と喉に骨でも刺さったような感じで話してました。インテリの家庭に育ったせいか,何処か木...

LAUREN BACALL 1924-2014

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LAUREN   BACALL   1924-2014 ローレン バコールが亡くなってしまいました。8月12日,ロビン ウイリアムズが亡くなった翌日です。女優の中では最も好きなタイプでした。キュートなどと言う形容は不可のクールで、自信満々,上目遣いが又,挑戦を込めて,スタイルも抜群,セクシーなハスキー ヴォイス、大都会のジャングルを相手取って,ハッスルしながら生きて行く女性のイメージは新鮮で,オリジナルでした。 3度程会った事があります。既に70歳を超していましたがそれでも全く弱々しさなどゼロで,いつも毅然と,ほとんど傲慢と言える程の女王ぶりが又,ユニークで,刺激的でした。これはある広報担当者から聞いた話しですが,レッドカーペットで間違って彼女にぶつかってしまったら、ローレンは持っていたバッグで,その人(かなり大きな男性)をばんばんとぶったのですって! レッドカーペットはカメラマンやファンがスター達の全ての動きを目撃する場所です。誰もが気取って,一番良いところを見せてやろうと意気込んでいますから,異常な緊張が漂ってます。そこで平然とタキシード姿のパブリシスト(広報を担当するプロ達)を力一杯にイヴニング バッグでばしばし叩く、と言う直接的暴力的反応をしてしまうと言うのがいかにもローレン バコールでしょう。ちょっとコミカルな感じもしすが,かなりスキャンダラスでもあります。 わたくしが幸運にも会った3回も、そのような下らない質問にはお答えでいません、と言う,静かにして,おっかない雰囲気に満ちてました。別にそう言うわけではないのですが 表情と口調で察せられます。 馬鹿なことに時間を割く程私は暇じゃないのよ、と言うスタンスでもありましょう。 政治的な意見も堂々と言って,100パーセントの民主党支持を見せてました。 ローレンの自伝も出版された時、直ぐに買って読みました。ハンフリー ボガートがガンでもう駄目だと言う時期に闇衰えた彼のベッドに入って一緒に寝たとき、彼から朽ち果てた死臭が漂っていた、と言うくだりが忘れられません。何と言ってもボギーは25歳も年上だったのです。 1924年9月26日,ニューヨーク市にベテイー ジョーン パースキーとして生まれ,6歳の時に両親が別れ、ルーマニア移民のユダヤ人の母親は自分の姓のワインスタイン バコールのバ...