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AMY SCHUMER 2017

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AMY  SCHUMER   2017 日本ではまだ余りお馴染みではないでしょうが、アメリカでは人気ダントツの喜劇女優、エミー シューマーを紹介しましょう。ポチャポチャの顔と体から噴出する、痛いほどに鋭く、ショッキングで絶妙のタイミングのコメントが、最高におかしいのです。 痛烈なジョークとほんわりの外見が妙にアンバランスでそぐわないためか、フツーの女性が共鳴し、同情できるルックスと体型のせいでしょうか、何しろ目下破竹の勢い(と古い表現ですが)で前進闊歩中。 新作「スナッチド」SNATCHED(17)は、バーゲン服店での店員職をクビにされ、ボーイフレンドに振られ、せっかくの休暇旅行の南米エクアドル行きの航空券を無駄にせじ!と母親(ゴールデー ホーン)を説き伏せて、ウキウキとビーチに行きます。とびきりのハンサムに言い寄られ、母親が絶対に何か仕掛けがあるに違いないというにもかかわらず、デートに出かけ、次の日は母親も伴ってのドライブ。ここで恐ろしい山賊のような悪漢たちに誘拐されて、映画はアレヨアレヨと言う間に、辻つまなど全く合わない、混乱のジャングルに入り込んでしまい、ここでエイミーはミニドレス姿で大乱闘や、銃の撃ち合いや人殺しまで見せるのです。 いやはやのめちゃくちゃ活劇で、いつもなら一緒に破茶滅茶をしそうなゴールデイーが今回は「心配性で、安全ばかり考える消極的な女性」を演じているのが、まあ、予想外で面白いと言えますか。 足のない虫、芋虫、毛虫、ウジムシ、などが死にそうに嫌いな私なのですが、この映画の中で、 エミーが変なものを食べて、サナダ虫 (Tapeworm)が湧き、それを退治するシーンがあまりにショッキングでユニークなので、どこからそんなアイデアが来たのですか、と聞くと 「小学校の時、兄が虫きちがいで、標本とかにサナダ虫があって、それが気持ち悪くて、恐ろしくて、先生から「最もこわいもの」という宿題をもらった時1番にサナダ虫と書いたのね。それで、この映画に是非出したいという私のオリジナルのアイデアなのよ!」 とまあ、こういうやりたいことを励行してしまうガッツの持ち主なのです。それにしても最も怖いホラー映画よりも気持ちの悪い、忘れたくても忘れられないシーンでありました。 1981年6月1日ニューヨーク市生まれ、父御は赤ちゃん用家具...

JESSICA BIELS 2017

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JESSICA  BIEL   2017 ジェシカ ビールにニューヨークで会いました。 ジェシカ アルバ、ジェシカ チャステーン、ジェシカ  ラングのジェシカの中では最も有名ではないでしょうが、 私生活ではマルタイ タレントのジャステイン テインバーレークの妻にして一人の息子の母親という安定と幸福の位置を保っている元モデルの美女です。 瓜実顔にスレンダーな体、控えめで、着るドレスもほとんど攻撃的なものではなく、シックで、それでいてセクシーという、寂しさも湛える夕顔のような雰囲気の持ち主。 それゆえに主役を演じるより主人公の恋人、妻、といった脇役ばかりでしたが、今年からテレビシリーズ「ザ シナー」THE SINNER (罪人)(17−)で主役に挑戦します。  ジェシカは原因不明の暴力を振るう母親という設定の不思議なSFドラマで、最初のエピソードを見ましたが、よくわからないストーリーでした。回を追って見ればもっとつかめるでしょう。 ニューヨークに着いた最初の夜のレセプションに薄いブルーグレイのシックなドレスを着て現れ、丁寧に会が終わるまで忍耐強く出席者とおしゃべりを続けていました。 1982年3月3日のお雛様の日にミネソタ州のエリー生まれ。父御はGEに勤めていたために頻繁に引っ越したそうで、9歳の時に初舞台、「アニー」などに出演しました。12歳からモデルの仕事も始め、96年からテレビシリーズ「7TH HEAVEN」にレギュラー出演。当時の写真を見るとうぶで可愛いい頑張り屋のジェシカが伺えます。 2005年の「ステルス」では逞しいファイターの役、 2007年からじゃステインとデイトを始め、2012年イタリーで華麗な結婚式を挙げました。 15年に生まれた息子の名前はサイラス ランドール と勇ましいもので、有名人の子供としては珍しく、いろいろな場所でのお茶目そうな顔写真が公開されています。もちろん誘拐などを恐れて顔を隠したり、絶対に公開されないようにマスコミに依頼したりするのが現代のセレブの警戒心なのですが、それを敢えてしないあたりに二人のおおらかな姿勢が覗けます。 2012  「ヒッチコック」 2012「ヒッチコック」ジェシカの役はヴェラ マイルズ、スカーレット ヨハンセンはジャネット リー、ジェイムス ダーシーがア...

LONDON #2 MAGGIE JONES'S

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LONDON #2  MAGGIE JONES'S 英国王室の舞踏会の場面に酔いしれた夜はその昔、マーガレット王女がプレイボーイでハンサムな写真家、アントニー アームストロング ジョーンズとのお忍びデートで通ったレストラン、「マギー ジョーンズ」に行ってきました。 のちに二人は晴れて結婚、アントニーは貴族のタイトルを得て、スノードン卿と呼ばれるようになりましたが、当時は平民でした。とは言え旧家の出で、イートン校からケンブリッジ大に学んでいます。 二人はこのひなびた農家のようなレストランがお気に入りで、王女は予約をする時に「マギー ジョーンズ」(自分のニックネームと彼の名字を合わせた偽名)という名前を使ったそうで、商魂逞しいこのレストランはこの名前を正式に使うようになったとか。 英国はそこかしこに、こういう古いエピソードに溢れているが楽しいですね。 さて「マギー ジョーンズ」ですが、あまりに納屋のようなインテリアに凝ったため、天井からは台所用具が吊るされ、壁にはバスケットやら、絵画やら、ドライフラワーやらが隙間なく飾られて、大男は頭を下げて、体を横にして動かなければならない狭ーいスペースの室内なのです。 お食事はというと、カントリー料理風なので量が多くて、私のラムチョップには、ポテトが2種類、青いお豆、ブロッコリーなどが山のようについてきて、私でさえ途中でギブアップ、ハンスはビーフステーキを頼んだのですが、かなり歯ごたえのあるお肉でした。 それにしてもマーガレット王女のロマンスの歴史はあまりにも有名です。「ザ クラウン」の第2シーズンは最初の恋人、ピーター タウンゼント大佐が離婚者のために結婚すると王女はタイトルを捨てなければならず、彼を諦めた王女がロンドンの人気写真家のアントニーと華麗な交際を始める頃から始まります。前ページで紹介したように、時代劇の王子的役がおはこのマシュウ グーッドが彼を演じます。 マーガレット王女は1960年に彼と結婚したのちは、スノードン伯爵夫人のタイトルを兼ねて、78年に離婚するまで、お互いに他の人々と情事を重ねるなど二人の華麗にして、奔放な生活は世界中の注目を浴びたものでした。 エリザベス女王と違って、マーガレットはヨーロッパでも屈指のセクシーな魅力で知られていただけに、二人の挑戦と勝利のデカダントなゲー...

THE CROWN LONDON APRIL 9 2017

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THE  CROWN   LONDON  APRIL 9 2017 またもや旅行記に戻ります。ハンガリーのブタペストの後 ロンドンに飛び、またあまり好きではないメイフェア ホテルに泊まって、今度はNetflix テレビの好評英国王室ドラマシリーズ「ザ クラウン」(16−)のセット取材です。 前日に運動靴、Gパン禁止と念を押されてロンドンの  「ネイヴァル アンド ミリタリー クラブ」 Naval and Military Clubへ。海軍の士官のためのプライベート クラブでもう玄関からネルソン提督やマウントバッテン 卿などの勇ましい肖像画が壁狭しとかかっています。 母が生きていて訪れたらさぞ喜んだことでしょう。 ここで王室の雰囲気を盛り上げて「ザ クラウン」のスターたちにインタヴュー。もちろん綺麗なお茶碗で紅茶が出てきます。こういうクラブで働いている人々は控えめで、静かで、「ダウントン アビー」の時代さながらの奉仕精神が脈々と生きているようでした。もちろん一度仕事を離れれば、現代の言動に戻るのでしょうが。 クレア フォイ(エリザベス女王)、マット スミス(フィリップ殿下)、マシュー グーッド(スノードン殿下)、 ヴァネッサ カービー(マーガレット王女)の4人にインタヴューしたのですが、仕事で王冠にフォーマルドレス、ホワイトタイや海軍の正装などを着ている反動なのでしょうか、全員がやけにカジュアルな格好をして現れたのが微笑ましかったのです。 クレアは片肌が大きく露出した白の木綿のサマードレス風、ヴァネッサはエプロン ドレス、マットはいつもの風変わりなキテレツ スタイル、貴族の役ばかり演じているようなマシュウは白のTシャツに黒い帽子にスニーカー!(彼だけが、このクラブのドレスコードの例外でした)とそれぞれ ロンドンの若者のトレンデイーな格好でした。 このインタヴューの内容はまだ公開禁止なのでまた後ほど。 そこから10分ほど歩いて Insutitute of Civil Engineers (土木工学の記念ビル)の古めかしい建物へ。ここはバッキンガム宮殿の代わりに撮影に使われている、エドワード王朝の建築で第2級歴史的建物なのでそうです。第2級などとレッテルを張るあたりがいかにも英国らしいと思いませんか? ...

JERRY LEWIS 2017

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JERRY  LEWIS   2017 時々、ハリウッドの古き懐かしきスターにインタヴューする機会があります。 ジェリー ルイス、あのデイーン マーテインとコンビを組んでおバカな喜劇に出ていた、その後も底抜けシリーズでおバカな喜劇を貫き、なぜかフランスでは特別に評価されて国民功労大賞みたいなレジョン ドヌール賞を受けたり、少し前まではチャリテイーの電話マラソンで筋萎縮症の人々を援助したり、その当人は今91歳、その張り切りようを   4月20日発売のキネマ旬報5月上旬号に書きました。 ぜひ読んで下さい。先日の月刊文藝春秋5月号のロバート デニーロに並ぶ入魂作(ロウレベルの私なりの)です。 デイーンに対する愛情、チャーリー チャップリンとの思いがけない交友、ハリウッドの楽しい歴史が多少なりとも覗けるはず。 ちなみにジェリーは1926年3月16日 ニュージャージー州のニューアーク生まれです。 デイーンもチャップリンも居なくなってしまった今、彼の思い出のおしゃべりはとびきりもの悲しく、貴重だと思います。 いつもなら一緒に写真を撮るのですが、さすが生粋のショウマンのジェリーは丁寧に断ってきました。でもインタヴュー中のショットはオーケーだったので、現在の彼のクローズアップをご覧ください。 2016年のジェリーです。 デイーンと別れた20年後にフランク シナトラの計らいで再会。 ありし頃のチャーリー チャップリン。 ジェリーはケネデイー大統領とも親しかったと言ってました。 チャップリン。 コンビを組んでいた時のデイーンとジェリー。 キネマ旬報5月上旬号の表紙。