JACK LEMMON

JACK  LEMMON



世界中の人に愛されたジャック レモン。
ずっと昔にこのブログで書いたと思ったら、ほんの少しだけの記事で、おまけにタイトルが英語ではないために検索しても出てきませんでした。
そういう訳で加筆して加えます。

ジャックに会ったのは合計5回、どれも妙にせわしいインタヴューでした。
頭の回転が早くて、それに合わせるように体が勝手に動いてしまうというタイプだったようです。
その落ち着かない人となりが突然空が落ちてきても動揺しないようなウオルター マッソウと良い対象で、「おかしな二人」ODD COUPLE(68)などで相棒同士を演じて成功したのでしょう。

マッソウとの友人関係は強く深くで最初に共演したのは「恋人よ帰れ!我が胸に」THE FORTUNE COOKIE(66)で、ジャックが監督した
「コッチおじさん」KOTCH(71)ではマッソウが主演を引き受けています。

親友のマッソウが2000年7月に亡くなるとすぐに体調を崩し、後を追うように2001年6月27日に亡くなりました。
最後の共演は「オッドカップル2」(98)。

1925年2月8日にマサチューセッツ州のニュートンに 父親は元俳優でドーナッツ会社の社長、母親も元歌手トパーフォーマーの血をひいて生まれ、早産のために黄疸を起こしていた彼を見た看護婦が「あら、本当に黄色のレモンね!」と言ったとか。
優秀な生徒だったジャックはハーバード大で化学と薬学を専攻したものの、俳優の道を選びました。

「ミスター ロバーツ」MISTER  ROBERTS(55)は 母が大好きなネイヴィーもの映画でヘンリー フォンダが主役ですがジャックはここでしっかりと最初のアカデミー助演賞を受賞しています。

「酒とバラの日々」DAYS OF WINE AND ROSES(62)でアル中を演じましたが実際活でも依存症だったとジャックは告白していました。

1989年頃。初めて会った時。お互いに若い!!




1955「ミスター ロバーツ」

1955「ミスター ロバーツ」

「おかしな二人」のチーム。左から ビリー ワルダー監督、一人置いて、ジャック 右にいるのがウオルター マッソウ。




1998「おかしな二人2」



ウオルター マッソウ と。



Tuesday, February 28, 2012



ジャック レモンとレモンの結びつき

ジャック レモンに始めて会った時の事。オフィスを訪ねるとゴルフウェアーに身を包んで軽い身のこなしににこにこと優しく笑顔を浮かべて とびきり居心地の良い雰囲気。
「僕はじっとしていられない性格でこれをナーバス エネルギーと呼ぶのだろうが その為にいくら食べても全然ふとらないのだよ」
89年の「晩秋」(DAD)と言う父子のドラマに出た時でレモンは64歳。
「ハーヴァード大での経験は役者としての成長に大いに役立った。教育と社会での基本的なマナーが僕の大事な成分になっているのですよ」
「生まれたときは未熟児で看護婦に黄色いレモンと呼ばれたし、俳優になる時
レモンは不良品を意味するので変えたようがいいと言われたが 頑固にレモン
を貫いた」
共演したケヴィン スペイシーは「ジャックの言葉で最も僕の心に残っているのは
エレベーターを使ったら必ず下に戻す事、つまり自分の成功を後輩とシェアし、助ける事 で僕も常に実行しています」と誇らしげに機会があるごとにコメントしている。
レモンにはその後 ラブリーオールドメン(94)ショートカッツ(95)MY FELLOW AMERICANS (96),OUT TO SEA(97)で会見した。

1998「おかしな二人2」の脚本家ニール サイモン (上)と。

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