JOHN CAMERON MITCHELL

 JOHN  CAMERON  MITCHELL


ジョン キャメロン ミッチェルは舞台に、映画に、ミュージカルになって大人気を博した「ヘドウィグ アンド アングリー インチ」HEDWIG AND ANGRY INCH(映画は98年)の創作、脚本、制作、監督、主演を果たしてしまった情熱のカタマリのアーテイストです。

終戦後の貧しい東ドイツ、ヘンゼル シュミット HANSEL SCHMIDT と言う若者が米人兵と恋をし、結婚してアメリカに移るためにヘドウィグと名前を変えて、整形手術を受け、念願の女性になったのですが性器が1インチほど残っていて完璧に女性ではないための「怒りの1インチ」がタイトル。

なんともユニークな発想の上にジョン扮するヘドウィグが厚化粧なものの、なんともはかなく美しくて、観客を異次元の世界に引きずり込んでくれます。

そしてジョン自身も、繊細で、体中の神経が剥き出しのような痛みを堪えている姿を見せて、抱き締めてあげたいような衝動にかられてしまいます。

彼の生い立ちを知るとさぞかし、苦しかっただろう、こういう環境から、あのような想像力が湧くのでしょうと感心するばかり。


1963年4月21日、テキサスのエルパソ EL PASOに、職業軍人、それも陸軍大将のジョン ヘンダーソン ミッチェルJOHN HENDERSON MITCHELL を父に持って、世界中の米国軍基地を回って育ちました。84年から88年のドイツではヨーロッパの米国軍の最高指揮官だった「偉い父親」、家庭は厳格なカトリック教でジョンは11歳の時、母親の故郷のスコットランドのカトリック校で教育を受けたそう。

「英国人の子供はアメリカ人よりはるかに意地悪で、ここで激しいいじめや嫌がらせにあったけれど、それも今では良い経験になっている」

とジョンは自由自在に英国アクセントとスコットランド訛りを駆使して話してくれました。

とかくゲイの父親が軍人だったというケースが多くありますが、士官学校卒の父親のもとで女性っぽいジョンがどれほどプレッシャーを受けたことか、父親の苦悩も計り知れません。

ところが仰天したことに、この父親は結婚するまでバイセクシュアルだったと息子がゲイだと告白した時に漏らしてくれたそう。軍人の上に当時の軍の規律は猛烈に厳しかったのでずっと隠し通した上に結婚してからは愛するワイフ一筋だったと言います。運命を感じますね。

ジョーン JOAN というこの母親はスコットランドのグラスゴーGLASGOW 出身でアメリカに来て教師になり、結婚してからも学校で教えたり、アートを教えたりしていたのですがこりこりのカトリック信者のためにゲイをなかなか受け入れずに息子との関係がかなりギクシャクしてしまったそう。

ジョンが14歳のとき、4歳だった弟のサミュエル SAMUEL が心臓の病気で急死したのも母親の心痛を強めたのかも知れません。

ジョンは81年から85年まで名門ノースウェスタン大 NORTHWESTERN で学を専攻、しっかりと卒業しています。その間にシカゴの劇場で「ハックルベリー フィン」HUCKELBERRY FINN(85)の舞台を踏み、主役を演じました。

大学卒業の年、85年に22歳のジョンは両親に自分がゲイだと告げ、92年に公式に発表。


「ヘドウィグ。。」は98年にオフ ブロードウェイで公開され、オビー賞を受賞、3年後の01年に映画化、ゴールデングローブ賞など色々な賞の候補になります。

02年のゴールデン・グローブの授賞式にジョンは真っ赤なスーツを着て現れて一緒に写真を撮ったのですが目下行方不明。

04年には恋人だったジャック ステイーブ JACK STEEB がドラッグ中毒で亡くなってしまい、ジョンはしばらく人生の底辺をさまよったそうです。


2014年にはブロードウェイの舞台でニール パトリック ハリス NEIL PATRICK HARRIS がヘドウィグを演じ大好評となりました。


「ショートバス」SHORTBUS (06)というこれまたユニークな映画を監督したあと、ニコール キッドマン NICOLE KIDMAN、アーロン エックハート AARON ECKHART、ほやほやの新人だったマイルス テラー MILES TELLER などのハリウッドのスターを配役して「ラビット ホール」RABBIT HOLE (10)という映画を監督、この時に再会したのですが相変わらず、若々しく、繊細なジョンのままでした。

ニコールが家の前で発生した交通事故で息子を亡くして、救いようのない絶望の淵をただようというストーリーで、フェミニンな感性にあふれるジョンならではの映画となっています。


最近では「アンセム:ホミュンクルス」ANTHEM: HOMUNCULUS (19)という、再びジョンならではのユニークな発想のテレビ ミュージカルを創作、脚本、監督、出演を手がけて、憧れの女優、グレン クローズ GLENN  CLOSE を主演に迎えて張り切っていました。

HOMUNCULUS とは、ラテン語で小さな人間と言う意味で胎児のもと、とか、脳の機能の一種を指す言葉でもあるそうです。



2010  RABBIT HOLE  優しくて繊細なジョン。


以前にあったのを覚えていて優しくハッグしてくれました。

2019年 若々しいジョン。



2011年 ニコール キッドマン と。2度目の赤いスーツです。



2010「ラビット ホール」マイルス テラー とニコール キッドマン




2012年のゴールデングローブ賞、最初の赤いスーツ

ジョンの両親。息子の写真を嬉しそうに見せてますが知らないと亡くなった息子の写真のようにも見えます。





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