YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
ご連絡は  kazeto77yoko@gmail.com
まで。よろしく!

Saturday, February 1, 2014

DANIEL DAY LEWIS

DANIEL  DAY-LEWIS


オスカー主演男優賞を3回も受賞したのは,ダニエル デイ ルイスのみ。1990年の「マイ レフト フット」と2008年の「ゼア ウイル ビー ブラッド」、そして2012年の「リンカーン」。どれも激しく,敵よりも自己と戦う厳しい男の生き方を描いてます。
前にダニエルのことを書きましたが,アカデミー賞の候補の発表もあって,この取り憑かれたような俳優の中の俳優を思い出しました。
メリル ストリープがアクセントをオハコにする女優の東の横綱でしたら、ダニエルは西の大横綱でしょう。どちらも演技をご飯にしているような,役作りが使命のような,常人の域に住んでいないようなタイプです。
ダニエルは,馬鹿馬鹿しい行為や下らない質問を忌み嫌います。あの知的な低い声で,「一体全体,どうしてそのような質問に僕が答えられますか」とていねいながらも、かなりの軽蔑を込めて攻めてきます。
こう言う信念を貫く俳優って良いですね。迎合せず,100パーセントの努力を注ぐ価値のある役のみを手がけ,周囲の俳優のレベルも映画の質も上げてしまう。

「ギャング オブ ニユーヨーク」(02)でイタリーロケに行った時,ジョン C。ライリーが殆ど肺炎になりかけたダニエルを説得したのだと言ってました。
「もの凄く寒いのにダニエルはぺらぺらのコートしか着ないんだ。当時は厚いコートなど無かったと言い張ってね。僕と監督の必死の説得で,何とか抗生物質をのんで,重病に至らなかった。俳優魂と言うのか、彼の凄まじい執念には仰天のしどうしだった」

もちろんダニエルが靴の職人になった,道路工夫になった,などなど究極の役作りのために数ヶ月,あるときは数年も費やすのは有名ですが,当人は至って気軽に
「大したことではない。単なる試行錯誤だよ」
と肩をそびやかすだけです。

怒りを感じるために,あの白人ヒップホップの歌手,エミネムの曲を聞くと言う話にもびっくりしました。ワーグナーでも聴きそうでは無いですか。
2008年の俳優組合の主演賞を受賞したときは,ヒース レッジャーに賞を捧げていました。憎い野郎なのです。
1957年4月29日英国はロンドンに桂冠詩人のセシル デイ ルイスと女優のジル バルコンのもとに生まれ,母の父親はサー マイケル バルコンという英国王年の制作者でした。ロイヤル シェイクスピア カンパニーで才覚を表し,「日曜日は別れの時」(71)で映画デビュー。
この世に怖いものなしのような,血筋と才能に溢れた



ダニエルのエキセントリックな性格がちと覗ける,珍妙な服装やひげルックをご覧に入れましょう。

No comments:

Post a Comment