NASTASSIJA KINSKI

NASTASSIJA   KINSKI

「父はまさにホラーそのものでした。生活の99パーセントは父への恐怖に満ちていました。父の予想出来ない,恐ろしい行為は今思い出しても巨大な苦痛です。あの人は普通だったら鉄格子の中に居るべきでした」
ご存知、父親はドイツの奇才,クラウス キンスキー(1926−91),娘はナスターシャ キンスキー,父親の事をここまで言ってのけるのもやはりかなりの強力な異色遺伝子が覗けますが。
1961年1月24日にベルリンでクラウスと女優のルス ブリジット トッキの間に生まれ,そのエキゾテイックな容貌を見込まれて,若い時からモデルとして売れっ子でした。
13歳で芸能界入りし、17歳の時に,イタリア映画「今のままでいて」(78)でマルチェロ マストロヤンニと共演,そして15歳の時から “交際” していたローマン ポランスキー監督の「テス」(79)の主演で世界中の注目を浴びて,ゴールデン ブローブ賞を受賞,次は,再び異才,ヴィム ヴェンダーズ監督の「パリ. テキサス」(84)での熱演で演技力も評価されます。

初めて会ったのは「ワン ナイト スタンド」(97)だったと記憶してますが,彫りの深いルックスと骨っぽい体つきは非常に都会的なものの手と指がずんぐりとして,畑仕事か,木を彫ったりする職人のような力強い厚さだったのに驚きました。
「めぐり逢う大地」(THE CLAIM)(2000)は、英国の監督,マイケル ウインターボトムが英国の作家,トーマス ハーデイーの原作「カスターブリッジの市長」(1886)とベースにして,舞台の英国の街を19世紀のアメリカの西部に置き換えた意欲作で、冬景色が主役のような体も心も寒くなるストリーでした。西部劇とは言え,現代の冷えきった舞台劇を思わせましたが,ナスターシャは気丈に娼婦のマダム役を演じてました。この時にも会ったのですが39歳の彼女は一人娘のソニヤの自慢をしていたのが微笑ましかった記憶があります。
エジプト人と結婚して別れた後,ミュージシャン・大物プロデューサーのクインシー ジョーンズと92年から95年まで交際,ふたりの間に93年に生まれたのがソニヤなのです。2008年にはソニヤが女優としてデビューしたそうで3代に渡るユニークな才能が展開しそうです。
1979「テス」でゴールデングローブ賞受賞
最近は余り精力的に仕事をしていませんが,2006年にはデヴィッド リンチ監督の「インランド エンパイアー」と言う奇妙なミステリー映画にちょっぴり顔を出したり,相も変わらず,異才監督に持てている様子でした。
2000 「めぐり逢う大地」




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