YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
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Wednesday, November 13, 2013

TONY RANDALL

TONY   RANDALL



1920年2月26日オクラホマ州のタルサに生まれ,2004年5月17日にニユーヨークで亡くなったトニー ランドールを覚えてますか?

わたくすが小さい時はドリス デイとロック ハドソンのロマンテイックコメデイーにお邪魔虫の役で出てきては,優越感たっぷりのオーソリテイーなトーンで皮肉たっぷりの台詞を言う役をしていて,何とも懐かしく思い出されます。

例えば「恋人よ帰れ」(61)や「花は贈らないで」(64)などなど。都会的で気障で,もっとイノセントでキュートなロックとドリスを光らせて,陰でしっかり支えていました。

本名は Anthony  Leonard Rosenberg と言うユダヤ系の名前で、当時は必ず,もっと覚えやすく,素性を分からなくする芸名を使う習慣がありましたから,トニー ランドールと言う,軽くて,シンプルな名前にしたのでしょう。大体ロック ハドソンも Roy Scherer Jr.  でしたし,トニー  カーテイスと来たら  Bernard Schawartz と言う本名だったのですから。

裕福な画商の父親に付いて,旅をしたために学校を23回も替わった挙げ句,13歳の時に両親が離婚,やっと母親とオクラホマに落ち着き,ここで大好きな劇に出るようになったのです。名門ノースウエスターン大で演劇を学び,次は演劇コーチにつき,着々と基礎を整えて,41年にブロードウエイに進出。42年には招集され,通信兵として重宝され,大尉にまで昇進と、かなりスムースな頭脳タイプなのでした。

53年映画デビュー,軽いコメデイアンとして,ここでも前進を続けます。そこでドリスとロックをからかう役回りを手がけ,後にわたくすが初めて会った時は「恋人よ帰れ」(LOVERS  COME  BACK)のリメーク「恋は邪魔者」(03)に主演のユワン マグレガーとレネー ゼルウエガーと一緒に記念出演と言った感じて顔を出したのでした。


83歳でしたが,顔の色つやもよく,昔の事を鮮やかに思い出しては,ユーモラスに語って,そこらにロックとドリスが居るような気分になるほど。


1995年に50歳年下の妻を迎えて,子供をふたりも作ったツワモノです。96年には耳鳴りの病気にかかり,これを研究する会を精力的に支持するようになったそうですし,ノースモーキングのモットーを貫いて,大変な禁煙運動家だったと言います。
それでも会見の翌年に心臓手術から肺炎を併発して,84歳で亡くなりました。
想い出の会見の内容のテープとメモを探し出したら,今度はしっかりトニーの楽しいおしゃべりを紹介します。
こう言うハリウッドの往年のスターに会えただけでも,貴重な宝物と言えましょう。

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