YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
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Tuesday, April 11, 2017

BUDAPEST #2 GRESHAM PALACE & KORDA STUDIO 2017

BUDAPEST  #2  GRESHAM PALACE & KORDA STUDIO 2017


ブダペスト随一のホテル、フォア シーズンズはもともと英国の保険会社が当時の権力を注入して1906年に完成した豪華なビルで、オフィスと幹部の部屋が入っていたそうです。
16世紀 エドワード6世の元に使えていたトーマス グレシャム という金融業者がその保険会社の社長だったために「グレシャム パレス」と名付けられました。後にサーの称号を与えられたグレシャムの名前はそこかしこに残っていて、窓のステンドグラスに顔がはめ込まれていたり、レストランの名前になって
アレキザンダー コーダ。
います。


当時の建築は予算に糸目をつけず、ハンガリーのエリート建築家やデザイナー、クラフツマンを起用して、ハンガリーでは初めてセントラル暖房や部屋の中央でホコリを吸い取る機能を取り付けたり、屋根のてっぺんにロンドン塔と同じ、バロック建築のヘルメット型の塔を載せたり、とダニューブ川沿いの景観をさらにエレガントに演出したのです。

さて最初の日はそのグリシャム レストランで夕食を取ってから、ホテルの周辺を歩き、翌日はハンガリー1の映画スタジオ「コーダ スタジオ」で「ロビン フッド」の撮影を見学。ロビンになるタロン エガートンは金髪に甲冑姿、今までの坊やっぽいルックスが消えて、非常に雄々しく見えました。スタジオ内に建てられた中世の村の集会所で記念撮影、これだけが今回許可された写真です。

コーダ スタジオはハンガリーの高名なプロデユーサー、
アレキザンダー コーダ(Alexander Korda)にちなんで建てられました。コーダは1893に当時のオーストリア(今はハンガリー)に Sandor Laszio Kellnerとして生まれ、1955年にロンドンで亡くなっています。
「ヘンリー8世の私生活」(33)がまず最初のアカデミー賞作、「第3の男」(49)はコーダが脚本と制作を手掛けましたがクレジットからは外されていますが、その他にも名画がたくさん彼の制作会社から創り出されました。

4月8日のブタペストは風が滅法強くて、スタジオの記者用テントが飛ばされそうですし、砂利や乾いた土が飛び交って、椅子の上、テーブル、顔の表面、どこもかもザラザラになってます。ホラー映画のような音で風が唸り、何もかもが飛び散って、落ち着かず、雨の方が強風より始末が良いと思いました。
この寒い風の中、エキストラたちは震えながら何時間も立ちぱなしで出番待ち、スターたちはそばにヒーターを置いてもらったり、ダウンコートを羽織ったりして少しはマシですが、クローズアップに備えてメークを頻繁に直したり、セリフをブツブツ繰り返したり、プレッシャーに襲われている様子が見て取れて、改めて大変な仕事だなーと感心したのでした。
コーダ スタジオの宇宙的デザインの門


変な名前のジャズ デユオのポスター

ブタペスト名物観覧車。


フォア シーズン ホテルのロビーで。いつものジャネットと。

コーダ スタジオで撮影中の「ロビン フッド」のセット。

セットの前でいつものクリステンと。


「ロビン フッド」村の会合場のセットで。

これはとても貴重な写真でローカルの男性と思って撮影を頼んだら、なんと豪州出身の映画スター、ジョエル
エジャートンだったという記念写真です。目下ブタペストで「赤いすずめ」を撮影中だそうです。



サー トーマス グレシャム(1519−1579)


フォア シーズン ホテルのロビー
ホテルの窓には、サー トーマス グレシャムの顔が入ったステンドグラス。

グレシャム パレスト今も呼ばれているフォア シーズン ホテルの前景。

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