WENDE MUSEUM COLD WAR 1945 - 1991







 WENDE   MUSEUM   COLD WAR 1945-1991


ロシア・ウクライナ戦の真っ只中、最近訪れた博物館、ヴェンデ博物館:冷戦 1945−91 の展示物を紹介しましょう。主にロシアと東ドイツの ウラジミール レーニン VLADIMIR LENIN (1980-1924)  の銅像やら、スパイ用器具、冷戦時の絵画、家具、台所用品などが陳列されています。

訪れたのは2022年2月5日(土)週末のみ公開なので、晴れた土曜日の午後でした。

倉庫式の建物で天井が高く、天窓があって、明るいので「暗く、忌まわしい想い出」の品物が並んでいてもそれほどホラー映画のように感じません。

入場料は無料、それほど広くないだけに、ゆっくりと、深く観察出来ます。隠れた場所に山のような書庫 (21、000冊)があって、冷戦リサーチの方には絶好の宝庫でしょう。

ヴェンデ WENDE とはドイツ語で「ターニング ポイント」TURNING POINT「変化」の意味で、東独が無くなり、ドイツが統一された時を指します。

冷戦を研究していたジャステイニアン ジャンポル JUSTINIAN JAMPOL と言う1978年にロスアンジェルスに生まれ、UCLAで学んだ後に英国のオックスフォード大で更に磨きをつけ、たった24歳の時にロスアンジェルスのカルバー シテイー CULVER CITY の公園の一角を利用して、2002年にオープン、諸々のスポンサーが彼をサポートしての完成だったよう。

中に入るとまず目を射るのはレーニンの像で、梱包箱に入って横になって(倒れて)いて、かなりショッキングです。

東独のスパイ組織、スタージ STASI の盗聴器具なども古い007シリーズに出て来るような、おもちゃっぽいものでびっくり。

ニキータ フルシチョフ元首相 NIKITA KHRUSHCHEV (1894−1971)が華やかなイベントの中心になっている絵画は、彼が失脚したためにフルシチョフの存在を消してしまい、まるで幽霊のようになったいるのが、何とも哀しい仕打ちだと思いました。

記念品の瀬戸物の中にハンスの母親の名字 BROSOWSKI が付いた男性の名前を発見、果たしてこのオットー OTTO という人物は母親のクレア KLARE の親戚だったのか、色々と想像力が発展、ハンスはオーストラリアに住んでいる従兄に連絡したようですがまだ返事はありません。

小さな内庭があってパーテイーやイベントなどに利用されている様子、東独で人気があった「ワーツバーグ」WARTBURG という赤い車が陳列されてました。「トラビ」TRABI という車種が最も多かった、とハンス(西独生まれ)薄れゆく記憶をほどいて、付け加えています。

小ぢんまりとして、清潔で、小1時間で見て回れる居心地の良い博物館で、ベンチもそこかしこにあって、シニアにフレンドリー。ご興味のある方はぜひ ネットの情報をチェックして下さい。

wendemuseum.org



レーニンの銅像




東独の車、ワートバーグ

雪の中の行進の絵皿

倉庫のような内部


スタージの盗聴器具





政府は原子爆弾、ラデイエーション(放射線)を防止している、と言った意味だそう。



ケースの中は「仮装、紛争」方法。

かっこよい男性が離婚訴訟の法廷で妻子(左側)を無視しているそう。



「ポギー と ベス」のポスター

中庭で。

もう一枚、中庭の図。

お皿似、オットー ブロソスキーの名前が!


東独で公開されたハリウッド映画のポスター

入り口


諜報用 器具




中央の拍手喝采を受けているフルシチョフが消されて幽霊のようになった絵画













創立者 Justinian  Jampol






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