BOB   HOSKINS

ボブ ホスキンズは1942年10月26日,英国のサフォーク州バリー セント エドモンズ生まれ。そしてパーキンソン氏病のため2012年に引退,70歳は、まだまだ現役の年でしたが。

初めてボブにあったのは「ロジャーラビット」(88)の時。ぼてっとした小柄な体格,朗らかな表情,気楽な姿勢と全てが英国のブルーカラーそのものでした。

父親は会計士にして,トラックの運転手,その上共産党で息子のボブにも強要したとか。母親はジプシーで,コックだったそうです。
わたくすはアメリカに来る迄,人種差別がこれほど深い根を持つものだとは全く理解してませんでした。黒人の差別は分かっても,ユダヤ人に対する一般人の差別感,そしてヨーロッパではジプシーに対して,異常な程に嫌悪感を見せると言う驚愕の事実。彼らをローマニと呼んで,下等な人種として見なす人間の優越意識を見せつけられたのです。

そのジプシーの血を受け継いだボブは,自己防衛のためのユーモアを磨いたようで,それが後の味のある俳優につながったのでしょう。
15歳から父親の仕事を手伝い,もろもろの労働をして,前途はかなり限られたように見えましたが,学校の英語の教師が彼に文学と英語の美しさを教え,ボブは劇場で英語の台詞を言う俳優を志すのです。

1967年,25歳の時、イスラエルのキブツに行って研修を受けたりとそう言う経験が,俳優としての巾を広げます。
「メソッド演技法等馬鹿馬鹿しい。僕は全く演劇を学んだ事等ない。全てオール ナチュラル。妙な事を考えずに自然に役造りをするのですよ」

「モナリザ」(86)で注目されます。

2度目にあったのは「スーパーマリオ」(93)で,ダニー デ ヴィトが降版したために,ピンチヒッターとして出たそうで,フロリダ州のマイアミでのイヴェントでは,よちよちと歩き回って、
「僕は5フィート6インチの球体ですよ」と嬉しそうにのたもうてました。
それでも後になって「あれ程苦労した撮影はなかった。監督の傲慢さに呆れてものも言えなかったね」
と白状してましたが。
3度目にあったのは「ヘンダーソン夫人の贈り物」(05)でわたくすが大好きなジュデイー デンチと共演した第2次大戦時の喜劇でした。デンチが亡き夫の遺産で,劇場を買い,ここでヌードの女性を舞台に出すと言うアイデアを得るのですが,体を動かすと下劣なストリップになると言うので,額の中の絵画として,色とりどりの裸婦の画として舞台に出て来るのです。言う迄もなく兵隊たちが連日押し掛けて大ヒットとなると言う実話の映画化でした。ボブは劇場の支配人を演じてました。

最後の映画は「スノーホワイト」(12),シャリース セロンが白雪姫の母親になって,白雪姫は「トワイライト」のクリステン ステユワート、
1988「ロジャー ラビット」
ボブは7人の小人のひとりの役を例のごとく,いたずらっぽく,オーバー気味に,演じて、それは楽しそうでした。




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