YOKO NARITA'S HOLLYWOOD

ハリウッドのスターをインタヴユーして37年!!     ツーショットと来たらどっさり ざくざく。最近は映画の記事も減ってきて発表してないお宝が貯まる一方。貯金は減る一方ですが、ともかく つたないブロッグ で全く為にならないお話と とっておきの古い写真とか新しいものも載せていきたいと思ってます。
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Sunday, July 28, 2013

PAUL HOGAN

PAUL   HOGAN


懐かしい「クロコダイル ダンデイー」(86)のオーストラリアのスター。
実物のポール ホーガンは肌は真っ白,金髪の痩せぎすの小柄な男性で,とてもジャングルでワニを生け捕りにしているツワモノには見えませんでした。
1939年10月8日,オーストラリアのニユー サウス ウェールズにあるライトニング リッジ(雷の尾根)と言う凄い名前の街に生まれ,小さい時から創造性豊かで,すばしこかったそうです。
敏捷な体を活かして当時建設中のシドニーの有名なハーバー ブリッジで綱渡りのような仕事をしたリ,テレビに出るようになってからは「ポール ホーガン ショウ」(73−84)がヒットして,喜劇的なセンスを売り物にしてました。
86年の大ヒット「クロコダイル ダンデイー」で会ったときは,既に47歳でしたが,しゃべり方や動きがとても若々しかったのを覚えています。もっともアウトドアーにいる時間が長かったせいか,皺が多かったのも事実です。

アカデミー賞脚本賞候補になった86年の授賞式で,ゲストとしてスピーチの心得のスピーチ!をした時「大事なのは3個のGですよ。まずグレーシャス,そしてグレイトフル,それからゲットオフです」と言って大拍手を受けました。最初のGはお行儀良く,次は感謝の気持ちを込めて,そして3番目はすぐに退場するべし!と言っているのです。
1986
  CROCODILE   DUNDEE


当時のオーストラリア観光局のテレビCMで「グッダイ!カム ツー マイ ハウス ダウン アンダー。アイ ゲット シュリンプ オン ザ バービー」とオーストラリア訛りの呼びかけが評判になりました。ダウン アンダーは下にある国,つまりオーストラリア,バービーはバーベキューです。後に政府から観光促進に協力したと勲章を受けたとか。

共演女優のリンダ コズロウスキーと親しくなって,長く暮らした妻と別れて,「クロコダイル 第2弾」(88)で再び共演したあと、90年に結婚。リンダは1958年1月7日にコネテイカット州のフェアフィールド生まれのアメリカ人で約20歳年下、当時はスキャンダラスに取り扱われていました。以来ふたりはおしどり共演を続けてます。

90年から2000年迄はスバルのアウトバックのCMもしていました。

2001年の「クロコダイル ダンデイー イン LA」以来半分引退の身分ですがオーストラリアの税務所の取り調べを受けたり,スイスの銀行預金の疑惑など金銭関係の問題が山積みのようですし,最近のイベントでは豪華に装って現れたリンダが余りに整形して別人のようで、人々があれは誰か?と指し,傍らにポールが居たためにポールの妻に違いないと判断されるなど,あまり芳しくないニユースが出回っています。

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