CELINE DION

CELINE   DION

セリーン デイオンはお好きですか? 声の体操選手とも呼ばれるアクロバテイックな高音から低音へ、目まぐるしい変化をする歌い方は、多少バーブラ ストライザンドにも似て、聞いているとこちらの方の喉の筋肉まで緊張することがありますね。
いろいろな歌手に会うのはほとんど映画の曲を作曲したり、歌ったりする時で、セリーンの場合は巨大ヒットとなった「タイタニック」(97)の主題歌、「マイ ハート ウイル ゴー オン」が2014年のテレビ番組「グレイテスト
ムーヴィー ソングス トップ50」に選ばれた時だったと思います。
おなじみの長めの顔にかなり濃いメークにしっかりとセットされたブロンドのロングヘアー、長身で細い体にぴったりとフィットしたドレス、全てが完璧なスタイルで現れて、ソフトな、ほとんど弱々しい声で話をしてくれました。
老カメラマンが、カナダ東部に行くとほとんどの女性はセリーンと同じ、長めで顎のしゃくれた顔をしていると話していたのがおかしかったのを覚えています。

スーパースターの歌手は例外なく非常にデリケートで、敏感に反応します。その感性が歌に響くのでしょう。

今年の1月14日にセリーンの育ての親ともいえるプロデユーサーの夫君、レネー アンジェリが74歳で亡くなりました。長いこと癌を患って、セリーンの献身的な看護はいろいろ報道されてましたが、もっとかわいそうだったのは、その2日後に同じ癌でダニエルという兄上もなくなったことです。最初のお葬式には毅然として出ていましたが、兄上の時はもうボロボロでした。

セリーンは1968年3月30日にカナダのフランス語域のシャルマーニュに生まれ、14人の兄妹の一人として貧困の家に育ちました。父御は肉屋さんで、何もない子供時代、歌だけが楽しかったそうです。

地元ののど自慢などで頭角を現し、1980年に同じカナダ人のプロデユーサー、レネーに出会い、ここから「マイ フェア レイデイー」と同様のスター メイキングが始まり、それまで、無垢でキュートだったセリーンは金髪に髪を染め、みるみるうちにグラマラスに変身。二人は26歳の歳の差もお構いなく、87年に結婚、しっかりと3人の子供も生まれて、世界のアイドルとなりました。
89年にはベルリッツに通って、英語を学び、英語でも歌い始めたのです。

こういうカップルでしたから、夫であり、父親でもあり、メンターでもあり、保護者にして、見守り役のレネーが亡くなってのセリーンの衝撃は大変だったでしょう。しかしレネーの「舞台こそがセリーンの生きる道」と言った言葉を守ってすぐに舞台に復帰しました。
そのまま映画になりそうな、根性と感動のドラマです。




左の写真から右への大変身!
3人の子供達と。

在りし日の夫君のレネー アンジェリ と。

2014  ニューヨークで。背が高いのです。


若い頃のあどけない顔。

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