STEPHEN DORFF 2021
ステーヴン ドーフ は今日、7月29日に48歳になりました。いつまで経っても大人こどものようなボーイッシュな雰囲気を維持しています。ま、無責任なタイプに見えるミドルエイジの俳優とも言えましょう。
初めて会ったのはおそらく「バック・ビート」BACKBEAT(94)というビートルズがまだ無名の時、ドイツのハンブルグ HAMBURG で注目されるチャンスを待って暮らしていて、ステーヴンは主役のスチュアート サトクリフ STUART SUTCLIFFE というベイシスト、5番目のビートルを熱演した時でした。サトクリフは現地でドイツ人の女性カメラマン、アストリッド カーシャー ASTRID KIRCHHERR と恋に落ち、ビートルズを脱退し、ドイツで絵の勉強に励もうとした矢先にたった22歳の若さで脳出血 CEREBRAE HAEMORRHAGE で急死という悲劇の若者で、あの天文学的に人気を博した「ファブ フォア」FAB FOUR と呼ばれる「ビートルズ」のグループから漏れてしまったハンサムな若者なのでした。
リバプール出身の英国人のサトクリフを巧みに、情感たっぷりに演じてドーフは大いに人気を得て、ポール マッカートニーでさえ、サトクリフをあれ程 上手に演じてくれるとは思わなかった、素晴らしい、と誉めています。
1973年7月29日 ジョージア州のアトランタで、ステイーヴン ハートレー ドーフ ジュニア STEPHEN HARTLEY DORFF JR. として生まれ、作曲家にして音楽プロデユーサーの父親を持って、裕福な家庭に育ち、9歳から、演技を学んで、子役としてコマーシャルやら、テレビに出演、ブロンドの髪にハンサムなルックスを武器に人気が上昇、
最初に注目された映画は「パワー オブ ワン」THE POWER OF ONE (92)という南アフリカを舞台にしたドラマでした。黒人に囲まれて育った白人の少年がボクシングで逞しく成長するストーリー、人種差別のアパルトハイトが背景にあって、モーガン フリーマン MORGAN FREEMAN 、ジョン ギルグード JOHN GIELGUD 、ダニエル クレイグ DANIEL CRAIG (映画初出演)などの大物が共演した話題性満タンの映画です。
「アイ ショット アンデイー ウオホール」I SHOT ANDY WARHOL (96)では美しい女装の若者、キャンデイー ダーリン CANDY DARLING の役に挑戦、ハリウッドの中堅スターとなりましたが、何と言うのでしょう、ハングリーさが足りないというのか、執念が浅い、と言うのでしょうか、主演男優になりたくないのか、殆どの場合、脇役で満足している感じで、ソフィア コッポラ監督の「サムホエア」(10)でやっと「スターのステイタスにうんざりしている人気俳優」とうってつけの役を得て、共演はエリ ファニング とグッドルッキングなキャスト、コッポラ監督お得意のこだわりのエレガントな小道具とハリウッドのスターが集まる、ちょっと古くて、デカダンなホテル「シャトー マルモン」が舞台という洒落た映画となり、カンヌ映画祭で大賞を受賞、世界中の注目を浴びてアメリカに帰って来ました。
さてインタヴューに成るとステーヴンは持ち前の生意気な性格が飛び出して、言わなくても良いコメントを吐き出して、記者たちの評判はガタ落ち、その正直で素直なところは良いのですがやはりまだハリウッドにはそれぞれの掟があって、それを破ってもスターの地位を維持する事が出来るのは、ジャック ニコルソン、ロバート デニーロ などなど ぐらいでしょうか。
つい数日前も「ブラック ウイドウ」BLACK WIDOW (21)で大評判のスカーレット ジョハンセン SCARLETT JOHANSSON を「演技力を無駄にしている。彼女なら、もっと上手くこなしたはず」などとコメントして、総スカンを食い、つい口が過ぎた、ごめんなさい、などと軽く謝る始末。誰も彼のコメントなど要求していないのに、ポロッとこういうミステークをしてしまうのです。
私生活ではガールフレンドは数々と出たり入ったりしているようですが、結婚はまだ、「50歳までにはスウイート ホームを持って、子供も欲しいなあ」などと勝手なことをのたまってますが、どうもあまり積極的に動いているとは見えません。
誰もが日本のタレントのように、「ヨロシク オネガイ イタシマース!」を繰り返していたら退屈でつまらない会見ばかりになってしまいますが、そこはそれ、個人主義のアメリカですから、自分の意見をはっきりと述べるのが自己責任の表れと多くのタレントが理解しています。それでもステーヴンのように他の俳優やら、映画協会などをいとも気軽に批判すると、厳しい反応が待ち構えて居るのが現状。
彼のクローズアップを見ると、グッドボーイと誉められるより、バッドボーイとして叩かれながら生きてゆくという「負けず嫌いの反抗魂」が弾けているのが覗けます。
1995「バック・ビート」左はジョン レノン役のイアン ハート
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両親と。 |
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作曲家の父親と。 |
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1994「バック・ビート」シェリル リーと。 |
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ついつい仲間意識でマスコミ相手にスカーレットの悪口など言ってしまうのです。 |
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1992「パワー オブ ワン) |
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2010「サムホエア」エル ファニング と。 |
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1996 アイ ショット アンデイー ウオホール |
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1994「バック・ビート」 |
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1994「バック・ビート」イアン ハート と。 |
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ボーイッシュなチャーム |
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2010「サムホエア」シャトー マルモン ホテル。 |
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2010「サムホエア」ソフィア コッポラ監督と。 |
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