ROBERT DUVALL
「ゴッドファザー」(72)や「地獄の黙示録」(79)での役のイメージから取っ付きにくい演技派の頑固の固まり
と思われているかも知れませんが ロバート デユヴァルは
そこらの床屋で耳の毛などを切ってもらっているような気さくなおじさんです。もっとも初めて会ったのは「カラーズ」(88)と言うショーン ペンと警官のパートナー同士になる映画の時で 既に57歳,渋く枯れて来たロバートでした。もっと若い時には 激しく気難しい面も見せていたかも知れません。
1931年1月5日 カリフォルニア州サンデイエゴに生まれたのは父親が海軍の大将だったためで,ここには米国海軍の基地が在る事と退役海軍軍人達がたくさん住んでいるのです。家系は1700年前までさかのぼる名家だそうで 南北戦争のロバート E.リー将軍は直系の先祖ですと。イリノイ州の大学を出て素人女優だった母親に勧められて演劇に興味を持つ様に。少年時代はもっぱらスポーツに精を出していたそうな。
厳格な家に育ち 毎日曜日には教会に行き,ハリウッドの殆どが民主党支持の中,軍人の家系をのっとって 保守的な共和党支持を誇っています。
“ 大して知識も無い俳優達が政治的意見を吐いたり アフリカや中東に乗り出して 何やらほざくのを見ていると
非常に恥ずかしくなる。居心地の悪い思いにかられるばかりだ。”
と厳しい批判も歯に衣着せずに言うあたりがいかにもロバートらしいではありませんか。
「アラバマ物語」(62)のグレゴリー ペックの隣人“ブー ” ラドリーの役が映画デビュー。既に31歳でした。
「THE APOSTLE 」(使徒,ある地方の最初のキリスト教伝道者)(97)はロバートが身銭500万ドルを投入、監督も兼ねただけに ひたむきに激しい熱情を込めて アメリカの宗教心や南部の問題などを語っていました。日本に入っていないのは アメリカ人以外には
まず受けない内容だったからですが アメリカを知るためにはとびきり為になる筈。
“ ニユーヨークの貧乏時代にダステイン ホフマンとジーン ハックマンのアパートの部屋を共有したのだが 僕とダステインは女性にもててね,それから僕とジーンはけんか速くてよくバーでやり合ったものだった。僕が腰の骨を痛めた時 なけなしの金300ドルをくれたのはジーンだった。”
と懐かしそうでした。
「テンダー マーシ−ズ」(83)の歌手の役(自作の歌が2曲入っている。)でアカデミー主演男優賞を受賞してから オスカージンクスにとり付かれ しばらく役がなかったのですが その後の「ロンサム ドーヴ」(89)は秀逸なテレビ映画で “ 西部劇でここまで満足出来る役を演じられて運命的なものを感じる。もう引退してもいい気分だ。”
と役者冥利のコメントを吐いてました。
テレビでは「 THE MAN WHO CAPTURED EICHMAN 」(96)ではイスラエルのナチ狩りから逃れるアイヒマン
の役を,「スターリン」(92)ではジョセフ スターリン
の役と普通の俳優ならちと渋りそうな実在の人物を豪快に演じてテレビのエミー賞に何度もノミネートされてます。
「愛と暗殺のタンゴ」(02)で知り合った41歳年下のアルゼンチンの女優,ルチアーノ ペドラザと親しくなり
04年に4度目の結婚。以来タンゴに凝り アルゼンチン
に家を持ち 大のアルゼンチンびいきに。スペイン語もペラペラとなり年に数回ブエノスアイレスを訪れます。
“ エヴィータの埋められてる墓地の横にあるカフェは最高。朝の10時から翌朝まで 座って飲んで踊って あるいはじーっと人々を眺めているのも良し。あそこの人々の
生活を楽しむ術は 人間味に溢れている。”
会見に美しい夫人を同伴して ウィンクしたり 立ち上がって 腰を振ってタンゴの振りをしたり ラテンの影響はロバートを30年は若くしたと見ました。
「クレイジー ハート」(09)では昔の「テンダー マーシー」を彷彿とする歌手をジェフ ブリジェスが演じてオスカー主演賞を受賞,傍らでロバートがそれを見守る先輩てな役で新旧二人の “脇道俳優” が似たような役でオスカーを獲得したのは心暖まるハリウッドの歴史の一こまでした。
今回は写真もしっかり探し出してきました。(もっとあるのですが車で10分の倉庫の箱の中に眠っているのです。)
セニョール デユヴァルのページを我が師匠スタンデイング ホースに捧げます。
「ゴッドファザー」(72)や「地獄の黙示録」(79)での役のイメージから取っ付きにくい演技派の頑固の固まり
2003「ワイルド レンジ」 |
そこらの床屋で耳の毛などを切ってもらっているような気さくなおじさんです。もっとも初めて会ったのは「カラーズ」(88)と言うショーン ペンと警官のパートナー同士になる映画の時で 既に57歳,渋く枯れて来たロバートでした。もっと若い時には 激しく気難しい面も見せていたかも知れません。
1991 「ザ ペーパー」 |
1997 「THE APOSTLE」 |
厳格な家に育ち 毎日曜日には教会に行き,ハリウッドの殆どが民主党支持の中,軍人の家系をのっとって 保守的な共和党支持を誇っています。
“ 大して知識も無い俳優達が政治的意見を吐いたり アフリカや中東に乗り出して 何やらほざくのを見ていると
非常に恥ずかしくなる。居心地の悪い思いにかられるばかりだ。”
と厳しい批判も歯に衣着せずに言うあたりがいかにもロバートらしいではありませんか。
「アラバマ物語」(62)のグレゴリー ペックの隣人“ブー ” ラドリーの役が映画デビュー。既に31歳でした。
「THE APOSTLE 」(使徒,ある地方の最初のキリスト教伝道者)(97)はロバートが身銭500万ドルを投入、監督も兼ねただけに ひたむきに激しい熱情を込めて アメリカの宗教心や南部の問題などを語っていました。日本に入っていないのは アメリカ人以外には
まず受けない内容だったからですが アメリカを知るためにはとびきり為になる筈。
“ ニユーヨークの貧乏時代にダステイン ホフマンとジーン ハックマンのアパートの部屋を共有したのだが 僕とダステインは女性にもててね,それから僕とジーンはけんか速くてよくバーでやり合ったものだった。僕が腰の骨を痛めた時 なけなしの金300ドルをくれたのはジーンだった。”
と懐かしそうでした。
「テンダー マーシ−ズ」(83)の歌手の役(自作の歌が2曲入っている。)でアカデミー主演男優賞を受賞してから オスカージンクスにとり付かれ しばらく役がなかったのですが その後の「ロンサム ドーヴ」(89)は秀逸なテレビ映画で “ 西部劇でここまで満足出来る役を演じられて運命的なものを感じる。もう引退してもいい気分だ。”
と役者冥利のコメントを吐いてました。
テレビでは「 THE MAN WHO CAPTURED EICHMAN 」(96)ではイスラエルのナチ狩りから逃れるアイヒマン
の役を,「スターリン」(92)ではジョセフ スターリン
の役と普通の俳優ならちと渋りそうな実在の人物を豪快に演じてテレビのエミー賞に何度もノミネートされてます。
「愛と暗殺のタンゴ」(02)で知り合った41歳年下のアルゼンチンの女優,ルチアーノ ペドラザと親しくなり
04年に4度目の結婚。以来タンゴに凝り アルゼンチン
に家を持ち 大のアルゼンチンびいきに。スペイン語もペラペラとなり年に数回ブエノスアイレスを訪れます。
“ エヴィータの埋められてる墓地の横にあるカフェは最高。朝の10時から翌朝まで 座って飲んで踊って あるいはじーっと人々を眺めているのも良し。あそこの人々の
生活を楽しむ術は 人間味に溢れている。”
会見に美しい夫人を同伴して ウィンクしたり 立ち上がって 腰を振ってタンゴの振りをしたり ラテンの影響はロバートを30年は若くしたと見ました。
「クレイジー ハート」(09)では昔の「テンダー マーシー」を彷彿とする歌手をジェフ ブリジェスが演じてオスカー主演賞を受賞,傍らでロバートがそれを見守る先輩てな役で新旧二人の “脇道俳優” が似たような役でオスカーを獲得したのは心暖まるハリウッドの歴史の一こまでした。
今回は写真もしっかり探し出してきました。(もっとあるのですが車で10分の倉庫の箱の中に眠っているのです。)
1992「スターリン」 |
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