SAM NEILL



SAM  NEILL


大好きなニュージーランド育ちのベテラン俳優、サム ニールのことをブログに書いてない事を発見。これは大変。

サムが出ているだけで、あまり面白くもなさそうな映画なりテレビをしっかりと見る程のファンなのに、一大ミステークです。「わが青春の輝き」MY BRILLIANT CAREER (79)での豪州産のジュデイー デイヴィス JUDY DAVIS との若々しい結びつき、この映画は二人のハリウッド進出を促したオーストラリア産の傑作でした。


1947年9月14日 北アイルランドのタイロン TYRON のオマグ OMAGH で陸軍軍人のニュージーランド人の父親と英国人の母親のもとに、ナイジェル ジョン ダーモット ニール NIGEL JOHN DERMOT NEILL として生まれ、1954年に父親の故郷、ニュージーランドの南島に移住、全寮制の学校からカンタベリー大学 UNIVERSITY OF CANTERBURY に進み、英文学を専攻、ここで演劇に目覚めます。

小さいときから吃音に悩まされていたサムは演技をしている間に、話し方が格段に良くなったそう。別人になりきってセリフを言うのは吃音からの脱出に効果的なようです。

演劇に夢中になって大学を中退してドキュメンタリー映画などの監督にも挑戦、「プレンテイー」PLENTY(85)ではメリル ストリープ MERYL STREEP の相手役に選ばれ、後に「ア クライ イン ザ ダーク」A CRY IN THE DARK (88)でも二人は共演、監督も同じ、豪州人のフレッド スケピシ FRED SCHEPISI でした。

「ア クライ。。」は子供が野生の犬にさらわれて殺されたと主張する母親(メリル)の実際に起った事件の映画化で世界中で注目された「犬が人間の赤ん坊を殺すか!」と言うニュースで話題になりました。

「レッド オクトーバーを追え!」THE HUNT FOR RED OCTOBER (90)から、「ジュラシック パーク」JURASSIC PARK (93)「ピアノ レッスン」THE PIANO(93)とハリウッド映画の「紳士然としているものの、どこかに不穏な空気を漂わせる」役を多く手掛けるようになります。


これまでに151本もの映画、テレビに出演、企画も4本と大変な売れっ子なのですが「サム ニールの映画」という究極の主演大作が無いのが不思議ですが、彼には葡萄園の主にして、ワインメーカーと言う、ロマンティックなビジネスに情熱を注いでいて「脇役」という責任が精一杯なため、おまけにハングリー精神もあまり持ち合わせていないタイプと思いましょう。

1980年から1989年までにリサ ハーロウ LISA HARROW と交際し、息子が83年に生まれ、1989年から2017年までは日本人のメークアップ アーテイストの渡辺典子 NORIKO WATANABE (1965年7月22日北九州生まれ)さんと結婚、91年生まれのエレナという娘がいます。

2018年に豪州の政治ジャーナリスト、ローラ テイングルLAURA TINGLE との交際が始まりました。

サムのワイナリーは「ツー パドックス」TWO PADDOCKS 、と言う名前で、ワイン業については、

「時間とお金が非常にかかる非現実なビジネスだが、どうにも止められない」

と述懐しています。

ちなみにサムの祖父の父親は北アイルランドのベルファスト BELFAST でワインマーケット業を営んでいたそう。

最近何度か辞退した後に、やっと大英帝国圏のニュージーランドにおける「騎士の位」を受けました。

みなさん、「サー サム」のワインで乾杯しましょう!

ツーショットはさらに数枚あるのですが、今度見つかった時に。





1988 A CRY IN THE DARK  with Fred Schepisi



















若い時のサム






ひげがお似合いです。







ご自分のワインと。













少年時代、母親と。

奥方ののり子さんと。

ジャーナリストのガールフレンド、ローラ テイングル と。

ローラと。



奥方ののり子さんと。

家族写真

のり子さんと。

のり子さんと。



リサ ハーロウ と。
 






1979「わが青春の輝き」







1979「わが青春の輝き」ジュデイー デイヴィス と。












1985







1988










メリル ストリープ と夫婦。








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